フリーマーケット

お久しぶりです。
昨日ね、半年ぶりにフリーマーケットに出店してきました。
ほとんど品物さばけたので、身も心もすっきり。
手づくりのアクセサリーもかわいい、と結構買ってくれまして、
自信がつきましたよー。

さすが大阪なのか面白い人多かったです。
例えば、ヘソピとアンクレットをおっちゃんが購入。
「おっちゃんが使うんちゃうんやで、買うだけやで。」と
言ってはりました。
あるおばちゃんは「地味なカーディガン探してんねん。派手なん着たら、
色々噂立てられるからな。」と言いつつ、真っ赤なカーディガン買ってくし。

また半年後くらいに出店しよー。

新しい朝

8時に起床していた私が最近6時55分に目を覚ましています。
なぜかというと、3chでやっている0655(ゼロロクゴーゴー)という番組を見るためです。

オープニングのうたが真心ブラザーズ
次に、写真をバックに『いぬのうた』か『ねこのうた』。
最後に、ザブングルのカッチカチじゃない方「松尾」と
ナイツのはなわじゃない方「土屋」、ホトちゃんの3人による
『忘れ物撲滅委員会』といううたが流れます。

ゆるゆるの振り付けと、何気に実用的な歌詞と
3人の揃ってない感じがたまりません。

これを聞いて、また寝るという
平日に2度寝の生活。
ちゃんとしてるんだか、してないんだか。

しかし佐藤さん、さすがだなぁ。
日テレのパロディみたいなEテレという字もかわええ。

すてきな朝時間


毎年1月と4月になると、「目標」をつくりたがる私。4月の目標は今話題の「朝活」!よなよな深夜番組⇒8時出勤により、常に寝不足気味の私が、朝活を始めた理由はマラソンのため。大会に出場にむけて夜走っていたんですが、夜の道って怖いし、せっかくだから朝の桜を観るために、朝5時起きという一大決心をしました。今までより1時間半も早く起きるのが最初はしんどかったけれど、慣れると快適。深夜番組は観れなくなったけれど、肌つやも若干よくなり、朝からテンション高めで同僚に絡んでいます。となると欲深い私はさらに一時間早く4時起きで、一人の時間をもう一時間増やしたとすら思う始末。それはまた次の目標として、「朝活」おすすめです。

君じゃないなら意味がない


初めてのオーダーメイドと言ったら大げさですが生地と皮と金具の色を考えて、新しいカバンをオーダーしたのです。
色んな組み合わせに、まずわくわくして、次に迷いが出て、混乱が来て現実逃避もしたわけだけれども、最後は自分のセンスを信じる!とオーダーシートを提出してやった。やってやった。それが2ヶ月前の話で、できあがったカバンが届きました。私のカバン、と呼ぶとしっくりくる。うれしい!

初めての○○

tricotrico2010-03-21

初めて東京でプールに行こうと思いました。
本当はかもめ食堂のサチエさんが着ていたPLAYの水着が欲しかったけど、今は買えず、
デパートで売っているものは高いくせにデザインがださいものばかり。
安さに負けて、初めてネットで水着を買いました。
届いたものを着てみるとサイズは少し小さく、胸の部分がシャラポワ状態になりました。卑猥です。


初めて「ニップレス 売場」と検索してみました。
どうやらドラッグストアにあるらしい。
そして、ニップレスには2種類あることが分かりました。
シャワポワになりたい人用とシャワポワ状態を隠したい人用。


初めてパリコレ写真を見たとき「ち、乳首が透けとる!!」
とビックリしたもんです。
海外ではありのようですが、日本はまだまだ羞恥心が勝ちますね。
初台のシャラポワになる勇気はありません。


初めての区民プールデビューはもうちょっと先になりそうです。
そして、それが私のニップレスデビューです。
初めてのくびれができるように頑張るです。

図書館

tricotrico2010-03-11


何年かぶりに図書カードを作りに行きました。
まだ昔のデータ残ってるかな、
聞いてみたら、小学校時代のカードデータ出てきました。
懐かしい...バーバパパとかアガサクリスティー毎週借りにいってたな。

最近はネットで予約して、近くの図書館で受け取れるから便利。
なんで今までせんかったんやろ。
早速予約。届くの楽しみです。


生まれて初めて双子卵発見しました。

わたしのいえ


「カールじいさんの空とぶ家」「つみきのいえ」。最近「家」にまつわるストーリーを観たり読んだりして、家についていろいろ考えています。私が家族と住んできた家たちは、全て建築士である父親がつくったたからもの。私が生まれた横浜の田舎のおうちは、母方の三家族十二人が住む大きなおうち。その後幼稚園入園とともに、父の地元である東京の今の小さなおうちへ。当初祖父母と六人で住んでいた家族が、一人、一人とこの家から卒業したり、出戻ったりしながら私たちの成長を見続けています。那覇で暮らしたときも、ここに戻ってきたときほど、ほっとする空間はありませんでした。そんなこの家も、あと一年でその役目を終え、父は母と祖母が既に住む田舎のセカンドハウスへ、姉はおそらく会社の寮へと、田村家のごとく解散予定。最後の一年、一つ一つの季節を感じながら、この家で過ごす一日一日を大切に、暮らしていけたらいいな。